さわやか次郎の「生活巧者」ブログ

日々の生活を有意義にそして賢く生きるために実践している日常を綴ったブログ。節約・倹約・投資・小遣い稼ぎ・時間の使い方・家族との関係など

コロナ禍は「未来への前哨戦」

週刊エコノミストで良い記事があったので、
ブログで残したいと思います。

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インタビュー
トーマス・セドラチェク(チェコの経済学者)

記事タイトル
『コロナ禍は「未来への前哨戦」平等なデジタル社会が来る』

 

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●ポイント

 〇リーマンショックギリシャ債務危機、難民危機、何か危機が起こったとき、
  これまで私たちは準備が万全に整っていたことはなかった。

 〇しかしコロナ危機では、わずか1週間の間に世界中がインターネットにシフト
  することができた。(パンデミックが20年前に起きていたらお手上げだったろう)

 〇いまはコロナウイルスよりコンピュータウイルスの方が困る。
  インターネットがもし崩壊していたら、情報不足や経済崩壊などの可能性もある。

 〇パンデミック格差社会が広がるというが、
  新しいデジタル国に住むことで、貧しい人にも富裕層にも同等なサービスが 提供 

  される。インターネットにはビジネスクラスもファーストクラスもない。

 〇労働を考え直す好機である。日中誰もいなかった自宅は毎日30%しか使われてお

  らず、きわめて効率が悪かった。これからはオフィスの必要性さえ見直される。

 〇人間の労働の多くがコンピュータによって代替えされ「無用となった階層」が
  増えるはず。多くの人たちが政府から施される何らかの収入で生活することを
  余儀なくされるだろう(←ベーシックインカムのことを言っているのか?)

 〇働くか、勉強するか。私たちの代わりにロボットが働いてくれるようになれば、
  例えば大学で学習を続けることができるようになる。

 〇資本主義は常に変化している。ゼロ金利がこれほど長期間続いていることで、
  いつインフレが起こっても不思議ではないはずだが、21世紀の経済予測で
  インフレの可能性はあまりない。

 〇貨幣制度はまるで世界中で宗派超え、共通する宗教のようなものになり、
  貨幣制度は魔法の物語のようなもので、信じていればこそ機能するようなもの。

 〇経済も社会も、あらゆることがサイクルで起こっているとして、
  私は楽観主義者なので、今は非常に良い時代だと思っている。


●ワタシなりの考察

 世の中は常に動いている。
 その世の中の動きを我々は敏感に感じ適応していかなくてはならない。
 コロナで起きたことコロナにより変化したもの、
 それをコロナのワクチンが開発されたからといって、
 元の生活に戻すことはあり得ない。
 新しい危機を克服したら元に戻すのではなく次の危機に備えることである。
 コロナの場合インターネットにより危機を脱したが、
 インターネットがあるから大丈夫ではなく、
 ではこのインターネットが使えなくなった場合の危機をどう備えていくのか?
 そこを考えて行かなくてはならない。

 一生懸命に働くことはすばらしいが
 一生懸命働いていれば良いと思考停止に陥ってはいけない。
 ロボットの台頭で人が働く分野、時間は確実に削減されていくだろう。
 働く時間が減ることを受け入れそれ以外の時間で何をするのか?
 働ける人働けない人の格差は益々大きくなるが、
 働けない人は自己責任であると簡単に片づけられる規模ではなくなり、
 政府が一体とセーフティネットを考えていく必要がある。
 要は働かなくても普通に生きていける世の中を作るということである。
 今の常識では想像もつかないことであるが。

 貨幣至上主義もどうなるかわからない。
 給与払いがデジタル通貨でされるようなる世の中である。
 また仮想通貨が出回り今はリスクばかりが目につくが、
 セキュリティ面やブロックチェーンが整備されれば、
 どう考えてもリアル貨幣よりも使い勝手が良いのは目に見えている。
 使い勝手が良くなれば海外での取引が容易になされ
 そもそも国内に縛られている円ってなんなのか?
 日本円は価値があるとは米国ドルが価値があるという概念も崩れ去るかもしれない。
 投資成功事例などはあくまで過去の実績から分析された事例であり、
 可能性の高い手法であることには変わりないが、
 鵜呑みにするだけではあまりに危険であり絶えず見直しが必要である。


●PS
 若い人たちが何を考えているのか?
 どういう教育を受けて育ってきたのか?
 ワレワレはそういう視点を常に持って生活していく必要がある。
 ワタシはインスタやFacebookはやらないが、
 じゃあ覚えなくて良いということではなく、
 なぜ若者たちがそれをコミュニケーションツールとして活用するのか?
 を理解するために多少なりともの知識は持っておく必要がある。
 パソコンや携帯、スマホやインターネットが良い教訓である。
 これらはワレワレ世代がまだ柔軟に受け入れられる年代にあったため、
 これらの機器を仕事にプライベートに活用している。
 しかしワレワレ親世代を見てみると、
 そういうのダメ!とのっけから思考停止して拒絶した人は、
 今も全く使えずこれらの機器の恩恵を受け入れられないでいる。
 一方で、少しでもこれらの機器を使えるように学ぼうとした人は、
 おぼつかないながらも活用し少なからずの恩恵を受けている。
 何を使うかは個人の選択の自由であるが、
 知ってて使わないのか?知らずに使わないのか?は大きな違いである。
 日々勉強である。